大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(ラ)27号 決定

抗告人

野島弘光

右訴訟代理人

小幡良三

相手方

山一証券株式会社

右代表者

植谷久三

相手方

日興証株式会社

右代表者

林信雄

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人訴訟代理人は、「原決定を取消した上相当の裁判を求める。」旨申立て、その抗告理由は別紙のとおりである。

一民訴法三一二条三号に基づく申立について

1  記録によると、次の事実が認められる。

(一)  抗告人(原告)の主張する請求原因は未確定のところもあるが概略次のとおりである。

(1) 相手方らは、いずれも証券会社であるが、三菱地所の株式の売買取引が繁盛に行われていると他人に誤解を生じさせる目的で、昭和四七年七月二五日から昭和四八年一月三一日までの間、(1)三菱地所株式につき権利移転を目的としない仮装売買をし(証券取引法一二五条一項一号違反)、(2)相手方らの一方がなす売付と同時期にそれと同価格において相手方らの他方または他人が当該有価証券を買付けることを予め相手方らの他方または右他人と通謀の上、当該売付をし(同条一項二号違反)、(3)または右(2)と同様の方法で買付をし(同条一項三号違反)、

(2) 相手方らは、三菱地所株式の売買取引を一般に誘引する目的で、共同して、(1)株式市場新聞に昭和四七年七月中に一回、同年九月中に二回、同年一二月中に五回も三菱地所株式の推奨記事を集中的に掲載して、三菱地所株式の売買取引が繁盛であると誤解させ(同条二項一号前段違反)、(2)その相場を変動させるべき一連の売買取引をし(同条二項一号後段違反)、

(3) 相手方らは、共同して、株式市場新聞等に自ら手を加えた虚偽の三菱地所株式の売買取引状況を掲載させ、相手方らの市場操作によつて三菱地所株式の株価が変動するべき旨流布し(同条二項二号違反)、

(4) 相手方らは共同して三菱地所株式の株価の下降期にその下落を妨げ、株価を釘付け、固定し、または安定させる目的で、一連の三菱地所株式の売買取引をした(同条三項違反)。

(5) 相手方らの右各行為によつて、三菱地所株式は昭和四七年一二月二二日一株金四八二円から昭和四八年一月に金五一〇円の高値となり、その後乱高下を繰返しながら昭和四九年三月四日には金三六三円に暴落した。抗告人は、相手方らの右各行為により、三菱地所株式の売買取引が繁盛であると誤解し、または相手方らの右各行為の誘引に応じて、丸荘証券を通じ、三菱地所株式を、株価操作の行われた後の昭和四八年一月八日一株金五一〇円で三、〇〇〇株、各金五〇九円から金五〇五円で各二、〇〇〇株宛合計一万三、〇〇〇株を代金六六〇万円で買受け、右株価操作による暴落後の昭和四九年三月四日丸荘証券を通じ一株金三六八円で三、〇〇〇株、金三六四円で二、〇〇〇株、金三六三円で五、〇〇〇株、翌三月五日八千代証券を通じ金三七三円で三、〇〇〇株を、合計代金四七六万六、六〇〇円で売渡し、その差額金一八三万四、〇〇〇円の損害を被つた。よつて、抗告人は相手方らに対し連帯(不真正)して、証券取引法一二六条による損害賠償として、右差額相当の金員等の支払を求める、というのである。

(二)  これに対し、相手方らは抗告人主張の右請求原因のすべてについて全面的にこれを争つている。

(三)  そこで、抗告人は、右各違反行為の全部について立証するため、相手方らの有価証券売買日記帳、同勘定元帳中右関連記載のある部分につき本件申立をした。

2  そこで審按する。

(一) 本件申立にかかる有価証券売買日記帳、同勘定元帳が、いずれも証券取引法一八四条、大蔵省令一三条に基づいて、大蔵大臣が公益維持または投資家の保護のため証券取引について監督指導の行政を行う必要上証券会社に作成を命じた帳簿に該当するものであることは記録上明らかであるが、右の日記帳および元帳が民事訴訟法三一二条三号、前段後段の文書に該当するか否は同条項の趣旨目的に照して判断さるべきであるから、上記の行政目的の点だけから直ちにこれらの帳簿が同条項にいう文書ではないということはできない。

(二) しかしながら、民訴法三一二条三号前段により当該文書が挙証者の利益のために作成されたものとして、または同号後段により挙証者と文書所持者との間の法律関係に付き当該文書が作成されたものとして、訴訟の当事者の一方からその文書の所持者である他方にその文書を提出すべき旨の申立があつた場合、申立人において前記申立人主張の違反事実がその文書に記載されているとの相当程度の蓋然性を証明することを要し、裁判所が当該文書自体もしくは他の証拠から、その記載事項の詳細はともかく、それに関する記載があると認定できるときにかぎり、裁判所は相手方に対しその文書の提出を命ずることができるものと解するのが相当である。けだし、文書の提出義務は、裁判の適正妥当な判断を確保するために文書の所持者に特に課せられた公法上の義務であるから、裁判所は右の目的を越えて当該文書の秘密性を侵害することは許されないというべく、また、同法三一六条は、その命令に従わず提出しなかつたときは、その文書に関する相手方の主張を真実と認めることができる旨定めているが、それは、その文書に挙証者のいう趣旨の記載があるのに相手方が故意にこれを隠蔽しているとの推認ができることに基づくであるから、裁判所が文書の提出命令発する際には少なくとも当該文書が右推定ができる情況にあることを前提としていると解されるからである。

本件において、弁論が進み、関係証人等の証拠調も行われたときは格別として、現段階では、記録によつても、抗告人が提出を求めている相手方らの有価証券売買日記帳、同勘定元帳は、前記のとおり、証券行政の一般的必要性のため証券会社に作成を義務づけたものにすぎず、具体的な紛争事故に関する報告書ではないから、抗告人主張のような前記証券取引法一二五条違反の各事実に関する記載がされていると認定することは困難である。したがつて、それらの帳簿書類が挙証者である抗告人の利益のために作成されたもの、または挙証者と文書所持者との法律関係に付いて作成されたものであるとの蓋然性に乏しく、民訴法三一二条三号前段、後段による文書提出命令の申立は理由がないといわざるを得ない。

二商法三五条に基づく申立について

商法三五条にいう商業帳簿は商人が商法上の義務として作成したものをいい、他の法令上の義務として作成されたものはこれに、該当しないと解するを相当とする。したがつて、本件申立にかかる有価証券売買日記帳がいわゆる講学上の日記帳の一種であり、また、有価証券勘定元帳が複式簿記による物的帳簿の一種であつて、いずれも商人の営業及び財産の日々の動態を有価証券に限定して記帳して記帳した同法三二条にいう会計帳簿であるとしても、これらの帳簿は前記のとおり証券会社が証券取引法および大蔵省令に基いて作成されたものであるから、商法三五条の提出命令の対象となる商業帳簿ではないものというべきである。この点に関する抗告人の主張も失当である。

三以上の次第で、抗告人の本件抗告は失当であるから棄却することとして、主文のとおり決定する。

(杉本良吉 高木積夫 清野寛甫)

別紙即時抗告理由書〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例